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自分探しの「セレンディピティ」物語の結末とは?

私は子供の頃アメリカに住んでいたのですが、その当時の絵本を見つけて思わず読み入ってしまいました。

タイトルはSerendipity

「セレンディピティ」という言葉は日本語でも浸透してきていますが、予期せぬ偶然の幸運という感じの意味です。

物語は流氷の上にある卵からピンク色のドラゴンが生まれるところから始まります。

卵からかえった場所やその周りに誰もいなくて、自分の名前も、自分が何者なのかも、海の上でどうしたらいいかも分からず泣いているところセイウチに助けられます。

そしてセイウチから「セレンディピティ」という名前をもらい、泳ぎ方を教わり、一緒に世界中の海の生き物が集まる場所を目指します。

そこに行けば、自分の仲間が見つかるかもしれない。

自分が何者かが分かるかもしれない。

そう希望を持って、セレンディピティはセイウチと一緒に旅に出ることを決意します。

途中様々な困難を乗り越えて、セレンディピティはようやく目指していた世界中の海の生き物が集まる場所にたどり着きます。

ところが、たどり着いたその場所には他のピンク色のドラゴンもおらず、自分が何者かを知る動物もいませんでした。

セレンディピティは大変な旅をしたのに結局自分が何者なのか分からなかった、とがっかりするのですが、一緒に旅をしたセイウチにこう言われます。

『君は自分探しの旅の中で、「セレンディピティ」という名前のとおり探していたものとは違うけど価値ある発見をたくさんしてきた。

勇気であり、思いやりだ。

自分が何者かを探さなくても、君は君なんだ。

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ということで、とても素敵なお話ですよね。

私の若い頃も「自分探し」という言葉が流行っていた気がします。

そして、今は「個性」や「自分らしさ」を大切にしようといろんな場面で当たり前のように話されています。

でも私には「自分らしさ」という言葉がむしろ多くの人を苦しめているようにも見えます。

一見耳障りの良い言葉に聞こえますが、「自分らしさ」に価値があるという考えが蔓延すると、何か突出したものを”獲得”していったり、才能に恵まれていなければならないという意味にとらえてしまい、自分に何も見出すものがないと絶望してしまうこともあるのではないでしょうか。

特に若い頃は、まだ世界が狭く、自分の知っている範囲の中でしか考えることが難しいので、逃げ場がないという感じになってしまうかもしれません。

この原因は私が若い頃に流行った「自分探し」もそうですが、自分らしさを結局他者との比較の中で考えていることにあるような気がします。

他の誰でもない自分、と思わせたいからインスタで映えようとか、ちょっと目立ってバズりを狙おうとか、いいねを沢山もらおうとか思ってしまう。

セレンディピティの物語はすごく本質的なことを伝えてくれていて、実は自分が何者かを知る必要もなく、その人が送ってきた人生そのものが、その人の価値であり、個性であり、唯一無二のものだということなのではないでしょうか?

本来自分の個性というのは人と比べてどうとか、優劣をつけられることでもないはずです。

自分が何者か証明しようとしなくても、今のままで十分かけがえのない存在だということに気づければ、迷いや不安が消える気がしませんか?

これはもしかしたら色々なことを乗り越えた大人の方がぐっとくるかもしれませんね。

なお、絵本について小学校低学年向けくらいの簡単な英語なので、とても読みやすく、おすすめしたいと思ったのですが残念ながら調べてみたら英語も絶版で邦訳もないようです。

セレンディピティで、どこかの古本屋で出会えるかもしれません。

出会う人、出来事、見つけたもの、人生そのものがセレンディピティの連続♪

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最後までお読みいただきありがとうございました。